琉球諸島の生物多様性
約1,200万年前、南西諸島は大陸でありました。1,200万年から200万年前の地質変動により、沖縄海溝の崩壊が生じ、南西諸島と大陸は分断され、海面の変動により一部の島々が接続されたり分離されたりしました。
沖縄諸島と先島諸島の間に位置する「慶良間海裂」および小宝島と悪石島の間に位置する「トカラ海峡」は、深度が深いため、これらの地域は海面が下がっても陸地とは繋がっていません。その結果、南西諸島は北琉球、中琉球、南琉球の三つの大きな地域に分かれました。
中でも、中琉球は大陸から最も長い間分離しており、一部の種は既に大陸では絶滅していますが、中琉球地域では残存し、異なる島々で異なる種や亜種に進化しています。
例えば、大陸にも分布する毒蛇の仲間Protobothrops属は中琉球と南琉球にも分布しており、日本語では「ハブ」と呼ばれています。しかし、すべての島にハブが生息しているわけではなく、その一因として挙げられるのは、海抜の低い島が過去の氷期に海面下に没していたため、ハブが生存できなかった可能性があります。そして、ハブの近縁種である琉球諸島に分布する北限は、宝島と小宝島に分布するトカラハブ(Protobothrops tokarensis)であり、これは生物地理学的な分布の予測と一致しています。
2021年には、中琉球の沖縄島、徳之島、奄美大島、および南琉球の西表島が世界自然遺産に登録されました。登録の理由は、これらの地域が高い生物多様性を有し、島の地質的成因を反映しており、希少な特有種を保護する上で重要な地域であるからです。
中琉球の生物相
中琉球の三つの最大の島、沖縄島、徳之島、奄美大島は、世界自然遺産に登録されています。これらの島々はかつて一続きの陸地であり、そのため多くの類似した生物相が存在しています。例えば、沖縄島、徳之島、奄美大島に生息しているケナガネズミ(Diplothrix legata)は現在存在する1属1種の生物です。
中琉球は大陸との分離が最も長いため、特有種の比率も最も高いです。陸生維管束植物の特有種は約8%であり、陸生哺乳類の特有種は約60%、両生類の特有種は約90%です。
これらの島々はおおよそ200万年から100万年前に分かれました。地理的な隔離のため、一部の種はさらに異なる種や亜種に進化しました。例えば、トゲネズミ(Tokudaia)属はこの三つの島でそれぞれオキナワトゲネズミ(T. muenninki)、トクノシマトゲネズミ(T. tokunoshimensis)、アマミトゲネズミ(T. osimensis)に進化しました。
特に徳之島と奄美大島の陸続きがさらに長かったため、両島の生物相類似しており、例えば両島にはアマミノクロウサギ(Pentalagus furnessi)が生息しています。アマミノクロウサギは大陸の近縁種が絶滅した現存1属1種の生物です。
また、沖縄島には日本唯一の飛べない鳥、ヤンバルクイナ(Gallirallus okinawae)が生息しており、近縁のクイナ属の種が東南アジアに分布していることから、ヤンバルクイナの祖先も東南アジア起源の可能性があります。
南琉球の生物相
南琉球は長らく大陸とつながっており、約500万〜260万年前に大陸から分離しました。大陸と似ていた種が別種や亜種に進化したため、南琉球には台湾や中国南部と似た種が多く存在しています。氷河期の20万〜10万年前には海面が下がり、これが南琉球地域に新しい生物が渡って来た新しいきっかけとなりした。例えば、イリオモテヤマネコ(Prionailurus iriomotensis)の祖先がこの時期に南琉球地域に渡って来た可能性があります。
やんばる
やんばる(漢字表記は山原、アルファベット表記はYanbaru、または沖縄方言でYambaru)は地名ではなく、沖縄の北部地域の森林環境のことです。特に北部三村(国頭村、大宜味村、東村)のうち、「マングース北上防止柵」が設置されている塩屋湾から平良湾より北の地域は、より森林環境が保全されています。希少種を守るために、その中核となる森林地域は2016年9月15日に「やんばる国立公園」として指定されました。
やんばるの森林構成は、ブナ科のイタジイ(Castanopsis sieboldii)が森林全体の生物量の70%を占め、生態系の食物連鎖においても重要な一部です。イタジイの椎の実はヤンバルクイナ、リュウキュウイノシシ、サワガニなどの餌になります。繁殖期のノグチゲラはイタジイに樹洞を作り、雛を育ちます。一方、繁殖期が終わるとフクロウやケナガネズミは空いていた樹洞を利用します。また、樹幹中心部が腐朽すると、それがヤンバルテナガコガネの幼虫の成長基質となります。そのため、イタジイの巨木が成長した森林だけがヤンバルテナガコガネを育ちます。やんばる地域の生物同士の相互関係は、その生息地を保護する重要性を浮き彫りにしています。
徳之島
徳之島は沖縄島と奄美大島の間に位置し、中部と北部はイタジイの森林環境であり、南部は石灰岩によって形成された鍾乳洞地形があり、特別な地質景観が見られます。徳之島の生物相は奄美大島に類似しており、また、オビトカゲモドキ(Goniurosaurus splendens)、トクノジマトゲネズミなど、徳之島でしか見られない種も生息しています。
奄美大島
奄美大島の最高峰、湯湾岳は標高694mであり、高湿度の雲霧帯が形成しやすいため、多くの著生植物が見られます。奄美大島はかつて沖縄島の北部と陸続きであるため、沖縄島と近い生物群持っていますが、最近の親緣関係の研究では、奄美大島の種を沖縄島とは異なる亜種や別種として分類処理されます。
例えば、かつてはオキナワイシカワガエル(Odorrana ishikawae)として知られていた種が、現在ではアマミイシカワガエル(O. splendida)と新種になります。奄美大島と徳之島の分離歴史は比較的短いため、両島の生物相は似通っていますが、ルリカケス(Garrulus lidthi)、アマミトゲネズミなどの種は奄美大島でしか見られません。
西表島
西表島の地質は主に砂岩であり、多くの海岸線には紅樹林が広がっています。西表島はまた、日本で最も多様な紅樹林樹種を有する島でもあります。島全体には原生林が豊富に広がり、多くの滝が見られます。西表島で最も有名な生物はイリオモテヤマネコであり、個体数はわずか150匹で非常に希少です。他にも、ヤエヤマセマルハゴカメ(Cuora flavomarginata evelynae)、サキシマハブ(Protobothrops elegans)など、中国南方や台湾と類似した種も西表島に生息しています。
世界自然遺産の環境課題
マングース
1910年、ハブ(Trimeresurus flavoviridis)の駆除のために、沖縄島は海外からフイリマングース(Urva auropunctata)を導入しました。しかし、昼行性のマングースは夜行性のハブを捕食することはなく、代わりに固有種であるヤンバルクイナの雛鳥を捕食し、ヤンバルクイナの個体数は急激に減少し、分布範囲も徐々に北に後退してしまいました。沖縄政府がこの問題に気づいたときには、ヤンバルクイナの個体数は約500羽ほどまで減少していました。
2000年頃から、沖縄政府と環境庁はマングースを駆除するための一連の措置を実施しており、絶滅危惧種のヤンバルクイナを守るために防獣柵、さまざまな罠、捜索犬、センサー、カメラなどが使用されました。多額の資金と人員が投入され、近年ではやんばるの北部森林地帯での罠の捕獲数も大幅に減少しています。しかし、限られている予算の中は主に山原地域に焦点を当てて駆除活動を行っており、他の北部地域ではマングースの駆除に手が届かない状況です。
やんばる以外にも、奄美大島もかつてハブの駆除のためにマングースを導入しましたが、数年にわたる駆除の努力により、奄美大島ではここ数年マングースの目撃がなく、防治成功を宣言しました。
野良犬と野良猫
ネコは生まれつきのハンターであり、オーストラリアでは、野生および家猫が天敵のいない状態で毎日100万匹以上の爬虫類を捕食しています。研究報告によれば、この現象により多くの種が絶滅または絶滅の危機に瀕しています。オーストラリア政府は2020年までに200万匹の野生のネコを駆除する計画を立てました。沖縄では、2017年に野良猫の糞から絶滅危惧種である「オキナワトゲネズミ」の毛が見つかり、2018年には徳之島でのカメラの映像で野良猫がケナガネズミをくわえているのが確認され、野良猫が自然生態系に深刻な影響を与えていることが浮き彫りにされました。
沖縄ヤンバルクイナの調査機関によれば、近年、ヤンバルクイナが頻繁に見られた従来の生息地ではなく、人々が住む集落に出没するようになりました。これは、山で野生化した野良犬がヤンバルクイナを集団で狩る可能性があると推測されています。ただし、これらの野生化した犬は人々の住む集落に侵入することを避けるため、ヤンバルクイナは人々の住む集落に避難せざるを得ません。しかしながら、これが人間の生活圏に近すぎると、ヤンバルクイナは車によって轢かれる危険性が高まります。政府は野生化した犬を駆除したいと考えていますが、これらの犬は組織的かつ捕獲が非常に難しいため、保護活動は大きな課題に直面しています。
沖縄の多くの観光地では、野良猫と犬が野外で自由に過ごしています。観光客はこれらの動物が海の背景に対してくつろいでいる様子を楽しむことがあります。しかしながら、これらの野良猫と犬は実際には「野生動物」ではなく、自然環境で共存すべきではないと認識することが重要です。
他の外来生物
マングースや野良猫犬以外にも、ペット、貿易、食用などの目的や経路で、沖縄に侵入したさまざまな外来生物が存在します。例えば、西表島の山羊が野生化し、現在、保護区の山地内でも山羊が人間が近づきにくい崖に登り、保護区内の植物を食べると危惧されています。
もう一つの例として、本部半島のタイワンハブ(Protobothrops mucrosquamatus)があります。かつては、ハブ酒などの商品のために台湾から台湾ハブを輸入し、養殖しました。その後野外に逃げ出し、現在、本部半島のハブの罠が捕獲したのはほとんどタイワンハブであり、その数は沖縄原産のハブを超えています。
外来生物は、在来の生物と生息地や食物資源を奪い合ったり、固有種を捕食したりすることで、在来の貴重な生物が絶滅の危機に陥る可能性があります。例えば、八重山諸島に分布するヤエヤママドボタル(Pyrocoelia atripennis)が沖縄島で国内外来種となり、その幼虫が沖縄島南部の希少なカタツムリを食べることで、このカタツムリの野外個体群はほぼ絶滅しました。
また、異なる地域の亜種同士が交配して雑種が生まれると、その地域の個体群に遺伝子汚染をもたらし、長い間の地理的な隔離によって形成された遺伝的な差異が崩壊してしまいます。
外来生物対策
外来生物に関する報道を以下にまとめました:
2023/11/15 | ノヤギ防除「一刻も早く」 勉強会開催 適正飼育条例化急ぐ | Link1 |
2023/10/29 | 沖縄県が「捨てネコ防止」「やんばる保全」で行動計画を公表 パブコメは1000件超 | Link1 |
2023/10/12 | 外来種対策など強化 世界自然遺産連絡会議・奄美大島部会 遺産地域の管理状況確認 | Link1 |
2023/9/9 | スマホとStarlinkで西表島の生き物を守れ、KDDIや沖縄セルラーらが新たな環境保護の取り組み | Link1 Link2 |
2023/6/29 | やんばる3村での猫の保護・捕獲、5年で1692匹 うち1481匹は返還・譲渡 沖縄県まとめ | Link1 |
2023/5/19 | 徳之島における特定外来生物シロアゴガエルの生息確認について | Link1 |
すでに確立した外来種の個体群を拡散させないだけで、非常に多くの予算と人手がかかっているため、一度導入された外来種を完全に除去することはほぼ不可能です。外来種を防ぐために最も重要なのは、「個々の人々」の自覚です。地元の生物を持ち去らず、外来生物やペットを放さないようにし、在来の生物が安心して生息できる環境を維持することが大切です。
ロードキル
島々は一般的に公共交通機関が不便で、世界自然遺産に指定された後、観光客が増加し、レンタカーも増えました。山の道路には信号がなく、分岐が少ないです。車を運転する際にはついついスピードを出してしまって、小動物をロードキルさせてしまいます。特に雨の後は道路上にイモリやカエルなどの両生類が現れやすく、これらの小動物を食物とする蛇や鳥、さらにはイリオモテヤマネコなども道路に出てきて、ロードキルがロードキルを呼ぶという状況です。西表島ではイリオモテヤマネコが路上で死体を食べるのを防ぐために、ロードキルの死体を路面から森に移動します。しかし、問題の根本的な解決策は、小動物をロードキルしないように、速度制限を守って安全運転することです。
密猟
希少な生物は頻繁に密猟の対象になります。例えば、リュウキュウアセビ(Pieris koidzumiana)は密猟により野外で絶滅し、現在では公園や園芸店でしかその姿を見ることができません。同様に、日本最大級のランの一つであるカクチョウラン(Phaius tankervilleae)も密猟によりその数が急激に減少し、保護が急務とされています。また、沖縄やんばるの固有種であるオキナワセッコク(Dendorobium okinawense)も密猟の影響で絶滅の危機に瀕しています。オキナワイボイモリ(Echinotriton andersoni)は違法業者によって取引される人気のある種でもあります。
かつて、やんばる地域では林道の巡回や林道への入域に対する規制は存在していましたが、実効的な法執行が難しく、疑わしい人物や車両に対する摘発が難しい状況が続いていました。これらの問題が環境省によって深刻なものと認識され、2019年1月には「密猟・密輸対策連絡会議」が沖縄で設立され、航空会社や郵便制度も荷物の検査を強化し、爬虫類を特に対象にしたアプリを活用して希少生物の判別を行っています。
沖縄県は現在、特定の期間に夜間の林道を閉鎖し、夏季にはクワガタムシなどの甲虫の密猟を防止するために警察が巡回しています。さらに、政府は「沖縄県希少野生動植物保護条例」などの制定に向けて動いています。
密猟に関連する法規
密猟に関する法令情報は環境省の関連資料を参照してください。動植物を不法に採取した場合、個人は5年以下の懲役または500万円以下の罰金が科せられる可能性があります。やんばるなどの他の世界自然遺産の島で観察を行う際は、写真だけを撮影し、動植物を持ち帰らないようにしてください。疑わしい人物や車両を目撃した場合は、迅速に環境省または最寄りの警察署に連絡し、各島の様々な動植物を共に守りましょう。
密猟関連の報道
2023/11/3 | やんばる地域の希少野生生物 違法採集や密猟防ぐパトロール | Link1 |
2023/8/19 | やんばるの林道、夜間通行止め 密猟防止で25日から10月27日まで バリケード、監視カメラ設置も | Link1 |
2023/7/8 | 天然記念物ヤドカリ捕獲は「販売目的」 観光客の中国人夫妻に罰金20万円 那覇簡裁 | Link1 |
2022/12/21 | 「生きた化石」イボイモリ 国外持ち出し寸前で逮捕 韓国人2人、密猟か 関税法違反容疑で沖縄県警 | Link1 Link2 |
2022/6/13 | 希少種のイボイモリをネットオークションに出品 種の保存法違反容疑で男性を摘発 沖縄県警 | Link1 |
2019/4/8 | 奄美大島の希少カエル捕獲容疑、爬虫類店の店長ら逮捕 | Link1 |
2018/10月 | 手荷物にカメ60匹 「密輸中継地」で日本人に実刑判決 | Link1 |
オーバーツーリズムへの対策
これらの4つの島が世界自然遺産に登録されると、観光客も急増しました。自然環境への無制限な観光は環境破壊につながる可能性があり、逆に生態系の保護には寄与しません。そのため、生態旅行は適切に制限され、現地の自然環境に詳しいエコガイドと同行するべきです。現在、各地域では適格なガイドに資格を発行しており、一部の地域では資格を持ったガイドでないと入域が許されない場所もあります。また、事前に許可を取得が必要な地域もあります。
特定の生物種の増減が生態系のバランスを崩す
最後に、これは私の個人的な意見ですが、現在は治療法があるにもかかわらず、沖縄の地元の人々はハブに非常に嫌悪感を抱いています。ハブを見ると、「他の人に危害を加えないように」という理由でハブを殺してしまいますが、ハブは生態系の食物連鎖で非常に重要な存在です。例えば、奄美大島のアマミノクロウサギは外来種のネコやイヌの防除が成功し、その結果、数が急増しました。しかし、その天敵であるハブは懸賞の対象とされており、その結果、ハブの数が大幅に減少してアマミノクロウサギを効果的に制御できていません。現在、アマミノクロウサギの個体数は急増し、山林で希少植物を食べており、環境問題を引き起こしているようです。まるで北海道のエゾオオカミ絶滅事件が繰り返されているかのようです。私は日本がハブに対する懸賞制度を廃止し、一般の人々にハブの生態系での重要性を教育するべきだと考えています。
やんばると世界自然遺産の島々を共に探索しましょう